宮越慶二郎インタビュー

インタビュー

公開日:2018/11/6

聞き手・撮影(ジム) 茂田浩司
撮影 山口裕朗

「メインイベントでスアレック戦、モチベーションは最高に上がってます。
『ニンジャステップ』を駆使して、メインらしく爆発的な試合をします!」

 12月5日(水)、東京・後楽園ホールで開催される「REBELS.59」。メインイベントを飾るのはK-1から凱旋の「超攻撃型ムエタイ」スアレック・ルークカムイ(スタージス新宿)vs「ニンジャステップ」宮越慶二郎(拳粋会宮越道場)である。
 宮越は2016年にNJKFのMVP&年間最高試合(対羅紗陀)とMVPを獲得。だが、ここ2年は思うような結果を残せず、足踏み状態が続く。それだけに2年ぶりのREBELS出場、そしてスアレック戦に賭ける思いは強い。
「強敵ですけど、必ず盛り上げて勝ちます」という宮越がその胸中を明かした。






エリートの兄・宗一郎に鍛えられて、
気づけば日本のトップクラスに。



 宮越慶二郎といえば、言わずと知れた格闘一家のサラブレッド。父・宮越新一氏(拳粋会会長)は、かつて「内藤武」のリングネームで「怪鳥」ベニー・ユキーデと戦ったキックボクシングの名選手。兄・宗一郎氏(拳粋会本部師範代)は、長く70㎏の日本人トップファイターとして活躍。15年には兄弟揃ってWBCムエタイインターナショナル王座を獲得(兄はスーパーウェルター級、弟はライト級)して話題となった。宗一郎氏は17年に緑川創に勝利し、18年4月のラストマッチでT-98(タクヤ)とドロー。国内トップの実力を保持したまま、惜しまれつつ現役を引退した。

 弟の慶二郎は「僕は兄と全然違うんですよ」という。

「お兄ちゃんはアマチュア時代から強くて、エリートだったんです。僕も、こういう家に生まれたので空手をやりましたけど(苦笑)、試合に出ても勝てなくて、ずっと『俺は無理だ。大学に行って、普通に就職しよう』と思ってました」

 代わりに熱中したのがバスケットボールだった。

「中学、高校とかなり本気でやってて、高校はチームとしては強くなかったんですけど『地元の埼玉ブロンコスに入りたい』と思って毎日練習しました。それがかわなかった時に『二十代は普通の人が出来ないことをしたい』と思うようになって。その頃、お兄ちゃんがデビューしてて、キックボクシングのきらびやかな世界を見てやってみよう、と。でも、自信がなかったので『負け続けたら辞めよう』とも思ってました」

 18歳でプロデビューすると、順調にステップアップして3年後にNJKFライト級王座を獲得。これは兄・宗一郎氏とのスパーリングが大きいという。

「お兄ちゃんには毎日ボコボコにされてました(苦笑)。向こうも『弟なら怪我させてもいいや』っていうのと『弟だけには絶対に負けられない』っていうのもあったと思いますし、僕も『今日こそ1発入れてやろう』って思ってて。20歳の頃は、ほぼ毎日スパーして鼻血を出してるうちに、自然と強くなってましたね(笑)。他にも強い選手は一杯いたんですけど『チャンピオン(宗一郎氏)と毎日スパー出来るなんてうらやましい』と言われました」

 宗一郎氏は70㎏級の日本人キックボクサーの中でも屈指のパワーを誇った。ライト級の宮越は、常に3階級上のチャンピオンとバチバチにやり合う中で、様々なことを学んだという。

「試合になると楽でした。今まで『相手にパワー負けした』と感じたことは一度もないですし、補強と自重トレーニングだけで特別なフィジカルもやってないですけど、帝拳ジムのフィジカルの日に行ったら『君、強いねー』と驚かれたり。お兄ちゃんはナチュラルであの体格で、腕相撲なんてピクリとも動かないんですよ(苦笑)。そういう選手と毎日練習していたら、自然とフィジカルは付いてくるんです」

 試合で使うテクニックも、宗一郎氏とのスパーリングを通して身につけたものだ。

「お兄ちゃんの試合が決まると、僕が対戦相手の真似をして『仮想○○』にならないといけないんで。相手がサウスポーならサウスポーでスパーをして『俺、サウスポーもできるな』って気づいたり。対戦相手の真似をするうちに僕の引き出しが増えました。今、試合中に頻繁にスイッチすると相手が嫌がるのが分かるんですけど(笑)、そういうテクニックもすべてお兄ちゃんとのスパーで身につけたものです」

 宮越の代名詞「ニンジャステップ」もこの頃に磨かれた。そのルーツは、史上初の外国人(タイ人以外)ムエタイ王座「キックの神様」藤原敏男氏にあるという。

「父は現役の頃、目白ジムに出稽古に行って大先輩の藤原さんにボコボコにされながら、藤原さん独特のステップの技術を習得したそうです。僕が小2で空手を始めた時、父に『こうやって、こう叩くんだ』とステップを踏みながら戦うやり方を教わって、それからずっとステップを踏んでいます(笑)。いまだに、空手流のどっしりとした構えでやろうとすると不安になってくるんですよ(笑)。
 あと、自分でもかなり研究しました。家に藤原さんのDVDがあるので繰り返し見たり、藤原ジムの小林聡さん、前田尚紀さん、山本真弘さんが好きでよく試合を観ていて、特に山本真弘さんのステップは真似しましたね。それにプラスして、中高でやってたバスケのフットワークもアレンジして取り入れてます」

 多彩なステップワークと頻繁なスイッチで、相手を幻惑する「ニンジャステップ」を武器に、15年にWBCムエタイインターナショナル王座獲得、16年には羅紗陀戦でNJKF年間最高試合とMVPを獲得。その勢いを駆って、さらなる飛躍を果たすべく森井洋介、海人、重森陽太という日本トップクラスや海外での試合に挑んだが、思うような結果は残せなかった。






キックボクシングの盛り上がりを実感しながら
「もっと世界の、華やかな舞台で戦っていきたい」
そのために、スアレック戦は絶対に勝ちたい



 ここ2年で結果が残せなかったことについて、宮越は「気持ちの部分が弱くなっていた」という。

「昔は、技術はなかったんですけど、気持ちは強かったのでどんどん勝てたんです。今はそれが逆転してて、色々な技術を覚えて使えるようになったんですけど、最後の最後に『やべえ、負けるかも』って気持ちの部分で負けてしまったり。
 そういう面を補うために、最近はアナログ的なトレーニングをしています。サンドバッグを蹴り続けたり『これ』と決めてそれだけをやり続けたり。今までなら『これは無駄だろう』と思うことも、試し試しでやっています。
 心技一体というか『気持ちの大切さ』は痛感してますね。気持ちがダメな時は練習にも身が入らないですし、試合にも勝てない。自分の弱い部分と向き合いながら練習しています」

 現在、メイントレーナーは宗一郎氏だが、試合が決まると練習を出稽古中心に切り替えている。

「兄は道場での一般会員さんの指導で忙しくて、ミットを持って貰うのは週1ぐらいです。試合が決まると色々なジムに出稽古に行ってスパーリングしたりしています。
 良太郎さんのいるブルードッグジム。あと、シーザージムに行って村田聖明選手とか笠原兄弟と練習しています。最初はスパーだけだったんですけど、シーザー会長に『宮越、練習もやっていけよ! ほら、サーキットもやれ!』と言われまして(笑)。
 ボクシングジムにもずっと通っていて、帝拳ジムで1年間じっくりと基本やテクニックを教わって、最近、日菜太選手も通っているEBISU K‘s BOXに通い出して、ボクシングスパーとか実戦的なことをやっています。色々なトレーナーに教わって、ボクシングテクニックはかなり付いてきたかなと思います」

 今、宮越は主にキックボクシングフィットネスのトレーナー業で生計を立てている。週6日、スケジュールはぎっしりと詰まっているが、それでも「キックボクシングをやりたい」という要望に応えきれない状況で、最近もレッスン場所を増やしたばかり。

「3年前にここ(新所沢バンブールーム)を始めて、今はここで週4日、9レッスンをやっています。あとは新所沢カルチャーセンター、所沢のキッズクラス、川越、最近は目黒でも始めました。ここは3年前に始めたんですけど、都度払い制でハードルが低いのでめっちゃ来てくれますね(笑)。今、一般の方の『キックボクシングをやりたい』っていう要望が本当に多いです」

 キックボクシングトレーナーとして忙しい日々を送りながら、現役選手としてもさらなる高みを目指す。
 REBELS.59のメインイベントでスアレック・ルークカムイとの試合が決まり、宮越のモチベーションは上がった。

「ずっと明確な目標が無くて『有名になりたい』とか漠然としていたんです。最近はあまり勝てていなくて苦しい状況ではありますけど、ここを乗り越えて、もっと上を目指したい。そう考えていた時に、いいタイミングで、いい相手と決まりました。僕はこの試合をきっかけに、いろんなところに出ていきたいです。
 下手な相手とやってもしょうがないですし、モチベーションの上がる相手とやっていきたいです。最初にスアレック戦のオファーをいただいた時は『K-1に出ているのに、本当にやれるのかな?』と思ったんですけど『やれる』というんで『よし!』となりましたね。
 スアレック選手は強いし、勢いもありますし、特に今回はムエタイルールですから。ゲーオ、ゴンナパーもそうですけど、K-1で活躍しているタイ人選手は元々ムエタイが本業。ヒジありのルールの方が得意だし、強さを見せられますよね。
 だからこそ、本当に楽しみなんです。僕もヒジありでずっとやってきたんで自信はありますよ。1、2Rをしっかりと様子を見れば、後半は自分のペースでいけると思ってます」

 宮越が得意とするのは後半のスタミナ勝負。最近では今年2月の重森陽太との1戦(KNOCKOUT)がそうだった。
 前半は重森得意の蹴りで距離を取られて、思うような攻撃が出来なかったものの、4Rから距離を詰めてパンチで攻め込み、5Rに渾身のヒジ打ちでダウン寸前まで追い込んだ。判定は三者三様のドロー。

「ムエタイだと負けている試合でしたけど、あのヒジが当たった時は神様が『まだ現役で頑張れ』と言っているのかな、と思いました。4Rからようやく距離を詰めてパンチが当たる距離に出来たんですけど、なかなか決定的なダメージを与えられなくて。とっさに『まだ見せてなかったヒジだ』と思って打ったんですけど、まさかあそこまで綺麗に入るとは。自分でもビックリしました(笑)。
 スアレック選手は、圧力が相当あると思います。だけど、僕は兄とのスパーで『圧力』の対処方法はよく知っていますからね(笑)。スアレック選手は3R用のスタミナだと思いますし、あれだけ強く打ってきたら後半は持たないですよ。僕は尻上がりですから(笑)、後半勝負でいけると思っています」

 宮越が今、見据えているのは「世界」と「華やかな舞台」。最近のキックボクシングの盛り上がりも追い風だと感じている。

「REBELSが来年から地上波ゴールデンタイム進出と聞いて、なんで今回からやってくれないのかな、と(苦笑)。せっかく試合をするんですから、テレビに出てナンボじゃないですか。正直、ガッカリはしましたけど、逆に『地上波で放送しておけばよかった』とREBELSの山口代表が思うような試合をしよう、と(笑)。
 でも、どんどんキックボクシングの地上波放送が始まって、いい時代になったと思いますし、夢がありますよね。
 僕の『ニンジャ』も、元々は世界で活躍するために考えたこと。中国で試合した時に『チャイニーズドリームを掴もう』と思って、英語で『俺をニンジャと呼んでくれ』と言ったらものすごくウケまして(笑)。海外ではこれだな、と。日本では健太先輩に『ニンニン』といじられまくるんですけど(苦笑)。
 だから、来年はONEにも出てみたいですし、もっと世界の舞台で活躍したり、地上波放送にも出たいです。そのためにも、スアレック戦は大事ですし、メインらしい、爆発的な試合を見せたいですね」

プロフィール
宮越慶二郎(みやこし・けいじろう)
所  属:拳粋会宮越道場
生年月日:1990年1月28日生まれ、28歳
出  身:埼玉県所沢市
身  長:170cm
戦  績:38戦24勝(6KO)11敗2分1無効試合
WBCムエタイインターナショナルライト級王者
WBCムエタイ日本ライト級王者
NJKFライト級王者

小笠原瑛作&潘隆成インタビュー

インタビュー

公開日:2018/10/5

聞き手・撮影 茂田浩司

「クロスポイント吉祥寺の生え抜き組として、
しっかり勝って、来年2月TOKYOMX生中継に出たい」

 クロスポイント吉祥寺の軽量級エース、小笠原瑛作(おがさわら・えいさく)と「REBELS次期エース」潘隆成(ぱん・りゅんそん)。最近はクロスポイント吉祥寺の恵まれた練習環境と試合チャンスを求めて他ジムから移籍する選手が増えているが、小笠原と潘はクロスポイント吉祥寺でキックを始め、プロになった「生え抜き組」。
 二人に、ジムでの出会いやプロ練のエピソードを聞いたところ、話は思わぬ方向に進んでいった………。






「僕とパン君はいろんな先生に教わってて、今では考えられないような経験もしているんです」(小笠原瑛作)
「あの時は本気でキックを辞めようか、と」(潘隆成)



 小笠原瑛作は1993年生まれの23歳。潘隆成は1995年生まれの25歳。同年代だがキック歴は小笠原が遥かに長く、小5から始めて12年。ジュニアで活躍後、15歳でプロデビュー。
 潘は中高とサッカー部で活躍し、高3の時にクロスポイント吉祥寺に入門。キックを始めて、わずか7年で日本のトップレベルに肉薄するところまで来た。

潘隆成(以下、パン) 瑛ちゃん(小笠原瑛作)は、僕がジムに入った時はもうプロデビューしてましたし、お兄ちゃんのユキ(小笠原裕典)もプロで1戦していたんです。その頃、タクヤ(T-98)さんとヒデ(炎出丸)さんはスクランブル渋谷で練習してて。初めて「プロ練」(プロのための練習時間。一般会員とは分けられている)に参加した時にいたのが瑛ちゃん、ユキ、後は全員辞めちゃった人たちですね」
小笠原瑛作(以下、瑛作) だいたい辞めちゃいましたからねぇ。僕らは数少ない生き残りなんです(笑)。
パン 僕は友達と一緒に入ったんですけど、やっぱり友達も辞めました(苦笑)。最初は一般会員で入ったんですけど、当時のコーチに「プロ練に来い」と言われて。その練習が……、えげつなかったんです(苦笑)。

 中高とサッカー部で活躍し、サッカーの実績で大学に推薦入学した潘。体力には自信があったが、当時のクロスポイント吉祥寺のプロ練は「めちゃめちゃ厳しかった」という。
 現在はタイ人トレーナー、ボクシングトレーナー、フィジカルトレーナーが常駐し、個々の能力に合った練習で選手の実力や個性を伸ばしているが、当時のプロ練担当コーチは「とにかく量をやれ」という教え方だった。

パン まだタイ人トレーナーがいなくて、ミットは持ち合いですし「階段ミット」といって1発、2発、3発と連打する数を増やして10連打までしたら、今度は9発、8発と減らしていく。それの繰り返しを3ラウンドとか。
瑛作 そればっかりだったから精神的に辛かったよね(苦笑)。
パン 首相撲も相当長い時間やってましたし。最初のプロ練がそれで「キックしんど!」と思いました(苦笑)。だから、瑛ちゃんを見て『俺より年下で、毎日毎日こんな練習してるってすげえな』と思ったんです。練習を見てても迫力が凄くて。
瑛作 でも、試合になると判定ばかりの「塩試合の瑛ちゃん」の頃でした(笑)。
――瑛作選手のド迫力の練習と、首相撲多用の「塩試合」にギャップは感じなかったですか?
潘 K-1の試合はテレビで見てましたけど、首相撲ありのムエタイを見るのは初めてだったんで、瑛ちゃんの試合を見て「こういうのがムエタイか」って思ってました(笑)。
瑛作 おい!(笑) パン君は入ってきた頃、こんなに面白いキャラの人だと思わなかったんですよ。今は皆にいじられまくったり、いじったりしてますけど(笑)、その頃は一緒に来てた友達の方が目立ってて、その陰に隠れてる感じで。

 その頃は、昔の格闘技ジムにありがちな「プロの洗礼」がクロスポイント吉祥寺にも存在した時期だった。ジムに山口会長が不在で、当時プロ練を任されていたコーチが選手たちに命じていたのである。

瑛作 当時はプロ練の参加者が少ない上に、新しい人が入って来るといきなり「スパーやれ」ってやらされたんですよ(苦笑)。
パン 僕はすぐにタクヤさんとスパーさせられました。タクヤさんは「本気で打て」って言われてたそうで、顔面は手加減してくれたんですけど、ボディは強めに打って。そうしたら友達がタクヤさんのボディで吐いちゃったんです(苦笑)。
瑛作 トイレで吐いちゃったんだっけ?
パン トイレに駆け込もうとしたけど間に合わず、リング内でボタボタボタっと(苦笑)。あの時は本気で「辞めよう」と思いました。後で聞いたら、タクヤさんも「嫌だった」って。僕が入って2か月ぐらいでそのコーチが辞めて。
瑛作 それからはそういう「かわいがり」みたいなことは一切ないですよ。

 先日の日菜太インタビュー(9月14日公開)では、クロスポイント吉祥寺の若手に対して「元気がない。もっと一生懸命に勝ちにいけよ!」「REBELSで目立つのは地方の選手。活きが良くて『食ってやろう!』って気持ちが伝わってくる」と苦言を呈している。
 これに対して、二人が口を揃えたのは「最初から今の環境で育ってきたわけではない」ということ。

瑛作 「ハングリーさ」という部分ではそうですね。東京にいて、充実した環境にいて「温室育ちのおぼっちゃま、瑛ちゃん」なので(笑)。危機感を持たないといけないな、と思いますね。
パン 確かに地方の選手から「勝たないと次はない」っていう気持ちは感じるので、それを上回る気持ちで試合しないといけないな、っていうのはいつも思ってます。ただ、僕らは現在のプロ練からキックを始めたわけではないんですよね。
瑛作 特に、僕とパン君はいろんな先生に教わっているんですよ。その時代、その時代で「あの先生の頃はきつかった」みたいのは結構あるんです(苦笑)。僕はアホなことばっかり言いながらしんどい練習をしたいので(笑)練習中は一切私語禁止みたいな時代もあって、その時はかなりきつかったですよ。
パン あった、あった。
瑛作 4年前にウーさんというムードメーカーが来て、明るくて、厳しい練習になって「辞めにくく」はなっているかもしれないです。
――理不尽なかわいがりは一切なくても、プロ練の練習自体の厳しさはありますから、ついていけなくて辞める人もいるんですね。
パン そうですね。ただ、プロ練の参加者は本当にめちゃめちゃ増えてますよ。プロ、アマの参加者がとても多くてトレーナーが大変そうです。今はターちゃん(パヤックレック)とウーさんだけだとミットも追いつかなくて(山口)会長がプロ練に来てくれてやっと回っている感じです。
瑛作 昔のプロ練を知ってるから、今は変わったな、全然違うな、って思いますよ。あっという間にどんどん練習環境が良くなって、本当に感謝ですね。






「大人の階段を上ってる瑛ちゃんを魅せちゃいます!」(小笠原)
「来年2月の生中継で祖父母に試合を見せたい」(潘)



 REBELS.58目前。小笠原瑛作はKING強介と、潘隆成は健太と対戦する。

 小笠原瑛作は8月2日、タイ国ラジャダムナンスタジアムで開催された「スック・ワンソンチャイ」に出場し、開始からアグレッシブに攻めて、最後はバックブロー1発で2RKO勝利。この試合、小笠原はウーさんからこんなアドバイスをされていた。

瑛作 ムエタイも流行があるみたいで、ウーさんから「今、ラジャのジャッジはパンチが好きだから、フィームー(テクニシャン)の戦いじゃなくてパンチで倒しに行こう」って言われてました。今、ムエタイは激闘派の選手が目立ちますよね。
パン 確かに。
瑛作 テレビマッチは面白い試合をする選手が選ばれて、テレビマッチに出ると顔と名前が売れるので、選手の中に「面白い試合をしよう」って意識があるのかなって思いましたね。
――瑛作選手も持ち前のスピードを見せて、見事なKO勝ちでした。
瑛作 攻めながらも、粗いところを無くして倒しに行くことを意識していました。前は「スタートダッシュで早く倒したい」って思ってましたけど、今は「相手を見る」ということは出来てると思いますし、ラジャでも5Rやるつもりで試合したので。ウーさんにずっと「タイミングが大事」と言われてきて、自分でも「3分5Rならじっくり組み立てて戦えるな」というのも分かってきて。

 また、8月から9月、小笠原は名門PKセンチャイジムで1か月間練習を積んだ。

瑛作 23歳の誕生日もタイ、年越しもタイで、キックボクサーらしいなって(笑)。自分の中で課題があって、その練習は日本でもタイでも変わらないんですけど、タイではムエタイ特有の距離感の上手さとか、首相撲のちょっとしたコカし方を体感したり。あとは練習の質ですね。あっちのミットは1ラウンド4分ですけど、途中でリングサイドの桶にツバを吐きにいったり、お喋りしたり。日本のミットは3分間にギュッと集中してやるんですけど、タイは練習の時から「抜くところは抜く」んです。こういう練習をしてるから、試合中も時々力を抜いたりしながら、後半はどんどん集中を増していく試合運びが出来るんだろうな、って。

 ムエタイを倒すために、ムエタイへの理解度をさらに深めた小笠原。今回の相手、KING強介は今年REBELSに参戦し、2勝1分けでまだ負けなし。「大物食い」に闘志を燃やして来る。

瑛作 こういうのが一番嫌ですねぇ(苦笑)。でも、ウーさんが「KING強介には絶対勝つ、KOする」(10月2日公開のインタビュー)なんて余裕こいてる時ほど、僕は自分で気合いを入れていかないと(笑)。ライオンがどんな弱いものでも全力で狩りに行くように、しっかりと狩りをしようかな、と。
 KINGさんは僕を倒したら「美味しい」と思ってるだろうし、勝負の世界は何があるか分からないですから。気を引き締めていきますし、やることは変わらないので。今、積み上げてるものをやるだけです。相手がタイ人だ日本人だとか考えてると足をすくわれるだけなんで。相手も全力で倒しに来るから「楽勝」とか「余裕の試合」なんてないんです。

 潘隆成は「65㎏日本最強・健太チャレンジVol.2」と題して、健太と対戦する。前回はUMAが健太に挑戦。「健太越え」を目指して攻め続けるUMAに対して、健太は上手くしのぎ、要所要所で反撃し、クリーンヒットの数で上回った。
 潘はどうやって健太を倒すつもりなのか。

パン 自分の強みは、練習の時からタクヤさん、不可思さん、日菜太さんたち、強い人たちとやらせて貰っていることだと思います。練習の時からガンガンやられるので(苦笑)、試合中に相手の攻撃を喰らって「やばい」と思ったことはないんです。僕も今の環境でジムに入ったわけじゃなくて、昔のプロ練のえげつなさとか色々と経験してきているので。前を知ってるからこそ、今の環境に感謝しながらもっともっと上を目指したいです。

 潘といえば抜群のフィジカル。細かい筋肉まで鍛え上げられた体は、現在も日々進化している。

パン トレーニングキャンプ吉祥寺が出来たことは本当に大きいですね。効率良く追い込めるので、体もどんどん大きくなってきてますし、パワーが付いているのも実感してます。
 健太さんに勝てば「これから世界と戦っていく」とアピールできると思うんです。今回はワンマッチですけど、一番大事な試合になるなって思ってます。下馬評は「健太さん有利」でしょうから、逆に僕は思い切っていけます。

 最近、2人のモチベーションを上げる発表があった。来年2月17日、新木場スタジオコーストで開催される「PANCRASE REBELS RING(仮称)」がTOKYO MXとUFC FIGHT PASSで生中継されることだ。

瑛作 クロスポイント吉祥寺で育ったREBELSの小笠原瑛作が出ないわけにはいかないでしょう! しっかりと魅せたりますよ!
パン もちろん意識してます。被災した祖父母は試合会場まで来られないんで、TOKYO MXなら生中継で見て貰えるんで(*西日本豪雨災害で岡山県倉敷市真備町の祖父母宅は全壊し、祖父母は現在東京の潘の実家で生活している。潘はTシャツの売り上げとファイトマネーの一部を倉敷市に寄付した)。
――お孫さんの試合について何と?
パン おばあちゃんは「怖い」と言ってますけど、おじいちゃんは「見たい」と(笑)。僕が勝つ姿を見せて、おばあちゃんとおじいちゃんを元気づけたいです。

 最後に、二人は「10.8」で何を見せるのか。

瑛作 23歳になって初めての試合ですからね。大人の階段を上ってる瑛ちゃんを魅せちゃいます!(笑) 勝負の世界は何があるか分からないんで、気を引き締めてしっかりと仕留めます。
パン 下馬評は健太選手なんで、俺が勝てば会場も湧くと思うんで「まさか」の展開を作って。ここは本当に、死んでも勝つ、ぐらいに思ってます。最近はターちゃんのミットで鍛えられて、蹴りがパワーアップした手応えがあるんで、試合では「強さ」をしっかりと見せます!

プロフィール
小笠原瑛作(おがさわら・えいさく)
所属:クロスポイント吉祥寺
生年月日:1995年9月11日生まれ、23歳
出身:東京都武蔵野市
身長:172cm
戦績35戦30勝(17KO)4敗1分
WPMF世界スーパーバンタム級王者、ISKA世界バンタム級王者、第二代REBELS52.5㎏級王者、初代REBELS-MUAYTHAIフライ級級王座

潘隆成(ぱん・りゅんそん)
所属:クロスポイント吉祥寺
生年月日:1993年8月2日生まれ、25歳
出身:東京都国分寺市
身長:181cm
戦績:28戦19勝(5KO)6敗3分
元WPMF日本スーパーライト級王者

クロスポイント吉祥寺の名物トレーナー・ウーさんインタビュー

インタビュー

公開日:2018/10/2

聞き手・撮影 茂田浩司
タイ語通訳 八木有子

「日菜太は緑川創に100%勝つ。
エイサク(小笠原瑛作)はKING強介をKOしますよ。
パン君(潘隆成)は………、健太と五分五分かな」

 日菜太、不可思、小笠原瑛作、T-98ら、日本を代表するキックボクサーを次々と輩出するクロスポイント吉祥寺。その躍進の原動力として、選手や関係者は「ウーさんの存在」を挙げる。
 練習ではとにかく明るく盛り上げて、試合となればセコンドとして選手よりも張り切り、観客の拍手を煽り、声援には手を振って応えて、場を盛り上げるムードメーカーのウーさん。
 来日して4年、ウーさんの目にクロスポイント吉祥寺の選手たちはどう映っているのか。
 タイ語通訳、八木有子さんにクロスポイント吉祥寺まで来ていただき、ウーさんとじっくり話してみた。






ムエタイならセオリー通りに教えればいい。
日本のキックボクシングはルールの違いもあり、最初は戸惑ってしまった。



 ウーさんのプロフィールから。
 本名、ソースット・ガイウォン。1969年2月28日、タイ北部のコーンケン県出身の49歳。家族は妻、長女(大学生)、長男(19歳、まもなく来日)。

「ムエタイを始めたのは12歳です。学校で始めて、学校内のチャンピオンになった時に、先生から『ムエタイではなく、ボクシングをやってみたら?』と勧められて、17歳の時にボクシングで県の代表になりました。でも、全国大会では準決勝で先輩と試合をして負けて、銅メダルでした。金メダルを取った先輩はタイの代表として国際大会に出場することになり、私はムエタイに戻りました」

 地元コーンケンでのリングネームは「ルンスリー・ギアットバンポウ」。バンコクに出てからは「ルンスリー・サップユラコット」の名で戦っていた。

「フェザー級の選手で、ラジャダムナンスタジアムのメインイベントに出場したこともあります。しかし22歳の時にヒザを悪くしてしまった。多分、靭帯を切ったと思いますけど、その怪我で選手を諦めなければならず、トレーナーになったんです。ムエタイのチャンピオンになれなかったことを思うと、今でも悔しい気持ちになりますね」

 日本に来るきっかけは、クロスポイント吉祥寺でトレーナーをしていたターちゃん(パヤックレック・ユッタキットのリングネームで元ラジャダムナン2冠王)からの誘いだった。

「4年前、山口さん(REBELS主宰、クロスポイント吉祥寺代表)がトレーナーを探していて、友達のターちゃんから『日本でトレーナーをやらないか?』と連絡を貰いました。当時、僕はPKセンチャイジムと13(シップサム)ハランガウジムの2か所でトレーナーをしていたんですけど『1年ぐらいならいいかな』と思って、日本にやってきました。
 最初は『1年』と思って来たんですけど、山口さんがとても良くしてくださいますし、日本が気に入ってしまって、気づいたら4年もいます(笑)」

 日本語も堪能なターちゃんとは違い、ウーさんは初来日で、まったく日本語は理解できない。クロスポイント吉祥寺に来た当初は慣れない環境に困惑していた。

 当時を知る小笠原瑛作と潘隆成はこう証言する。

小笠原瑛作「ジムに来たらガチガチに緊張してて、ミットもぎこちなかったんですよ。だから『間違えてトゥクトゥクの運転手をしてる普通のおじさんを呼んじゃったんじゃないか』ってみんなで話してました(笑)」
潘隆成「みんなで簡単なタイ語を覚えて話しかけたり、こちらからなるべくウーさんとコミュニケーションを取るようにして(笑)。そうして、少しずつ馴染んでいった感じですね」

 来日当時、ウーさんが緊張していたのは、初めての日本での指導に戸惑いの連続だったからだという。

「日本で教えるのは本当に難しかったです(苦笑)。タイでムエタイを教える方が遥かに簡単なんですよ。
 ムエタイなら、パンチ、キック、ヒザ、ヒジの4つを使い、ミットも決まったパターン通りに教えます。
 しかし、日本のキックボクシングでは『ヒジなし、掴みなし』のルールで試合をしている選手がいます。ムエタイなら近づけばヒジ、首を掴んでヒザ蹴りとセオリーが決まっていますが、日本ではルールで認められた攻撃の中で何をするか。その都度、考えなければいけません。パンチ一つでも、タイよりもいろんな使い方を考えなければいけないので大変でした」

 タイと日本の環境的な違いも、ウーさんを悩ませた。

「タイでは子供の頃から教えているので、その選手のクセがよく分かった上で教えていました。
 ですが、私はクロスポントの選手たちをよく知りません。それに、日本では大人になってからキックボクシングを始める人も多くて『すべての技が出来て当たり前』ではなく、得意な技、不得意な技を見極めて教えなければいけません。たとえば日菜太なら『どのパンチや蹴りを効果的に使えばKO出来るのか?』を考えて、彼のパンチや蹴りの重さや強弱まで考えながら教えます。最初は本当に難しくて、頭を抱えてしまいました(苦笑)」

 小笠原瑛作は言う。
「僕もそうですけど、4年前にウーさんが来てからクロスポイント吉祥寺の選手たちはみんな勝ち始めたと思うんです。僕は『キツいことは楽しくやりたい』と思う方なので(笑)、ウーさんは練習中に明るく盛り上げてくれるので、とっても合ってましたね(笑)」

 なぜ、ウーさんの指導は上手くいったのか。この点を聞くと、ウーさんからはとても謙虚な答えが返ってきた。

「一つには、教えている選手たちに恵まれました。いつも『勝ちたいなら、私の言う通りにしてください』と言っていますが、みんなが私の教えることを信じて付いてきてくれます。私の言うことを少しでも理解しようとしてくれているのが分かりますし、私も彼らの言うことを理解しようと努めています。それが上手くいったのではないかな、と思います。
 本当は、一人の選手に一人のトレーナーが付く形がいいと思いますよ。選手一人ひとり、性格も、持っている技術も全然違うので、トレーナーはその選手に合った、一人ひとりに違う教え方をしなくてはいけないと思っています。
 私は、その部分は注意深く見て、選手それぞれに『勝つためにはこうしなさい』と教えるようにしています。クロスポイントでは私の教えにみんなが付いてきてくれますが、選手とトレーナーが合うのか合わないかは、とても大事なポイントだと思います」

 意外にも(失礼)生真面目な答えを連発するウーさん。試合会場ではテンション高めだが、普段はとっても真面目な性格のようだ。
 ちょっと意地悪な質問をしてみた。

――日本で教えて「この選手は凄いぞ、驚いた!」という選手はいますか?
「ほぼ全員、同じように才能はあると思います。ただ、違いがあるとすれば『チャイスー(闘争心)』の部分です。どれだけ『勝ちたい!』と思っているか。そこはそれぞれ違いますね」
――クロスポイントで一番「チャイスー」を持ってるのは?
「4年間教えてきて、みんな上手くなっていますし、チャイスーが100%であれば、みんな勝てると思いますよ」

 なかなか個人名を挙げてくれないが、何人ものプロ選手を教えているので、それぞれのプライドに配慮してのことだろう。
 ただ「みんな才能がある」で済ませては面白くないので(またまた失礼)、しつこく「一人挙げるとすれば?」と質問を重ねるとやっとウーさんの口から個人名が挙がった。

「そうですね……、一人挙げるとすればエイサク(小笠原瑛作)です。彼は練習の時から強い気持ちで臨んでいますね。
 エイサクは、以前からとても高いレベルにあって『後は気持ちの部分だけだよ』と言い続けてきて、今、とても良い状態にありますね。
 若手の中では? ヒロキ(鈴木宙樹)がいいですね。今、とても伸びていますし、これからもっと伸びていく子です。期待していますよ」

 鈴木宙樹は21歳。9月の「KHAOS.6」で1RKO勝利し、これでプロデビュー以来6戦全勝。そのうち3度のKO勝ちがあり「倒せるスタイル」に磨きを掛けている。次戦は10月28日の「Krush.94」(後楽園ホール)。ウーさんも大いに期待している新鋭に注目したい。






日菜太は100%勝つ。エイサクはKOしますよ。
パン君は………、五分五分かな。
まだ先輩に遠慮してしまうところがある。



 REBELS.58(10月8日、後楽園ホール)まで1週間。ウーさんにクロスポイント吉祥寺から出場する日菜太、小笠原瑛作、潘隆成の試合について聞いた。

――メインイベントの日菜太対緑川創は?
「全く問題ないです。日菜太は左を蹴っていれば勝ちます。緑川がパンチを打ってきても、日菜太は背が高いので前蹴りで突き放せます。前蹴り、前蹴り、ミドルで大丈夫、100%勝ちますよ。KO勝ちが出来るかどうかは分かりません」

――小笠原瑛作対KING強介はいかがでしょう?
「エイサクがKO勝ちするでしょう。エイサクはPKセンチャイジムで練習して、気持ちも充実しています。パンチもエイサクの方が重い。強介はまったく怖くないです」
――6月の江幡塁戦では逆転のKO負けでしたね。
「ガードがしっかりとしていなくて、ガッカリしました。以前のエイサクは試合中に『KOしたい』しか考えられなくなってしまうので、ずっと『それではダメ』と教えてきました。KOするためには『間合いが大事』と教えてきて、今はとてもいいですし、ガードも良くなりました。あとはタイミングと『(相手を)ミテ(見て)、ミテ』と口を酸っぱくして教えてきました。
 これまでは攻めている時に相手にタイミングをはかられてカウンターを合わさせてしまった。でも、相手は今、どこが痛いのか? 顔? お腹? ちゃんと『ミテ』、そしてタイミングを合わせる。以前は、ガードの技術が上手くなくて、タイミングや間合いも全然出来ていなかった。今は違いますよ」

 小笠原が出場した8月のラジャダムナンスタジアム「スック・ワンソンチャイ」では、ウーさんもセコンドに付いて、小笠原の2RKO勝利を見届けた。

「とても良い試合でした。以前よりもかなりガードが改善されてしっかりしましたし、隙がないです。
 タイのプロモーターにも高い評価を受けましたし、エイサクはいずれムエタイ王者になりますよ。
 日本ではテンシン(那須川天心)の評価が高いですが、私はすぐにでもエイサクと戦わせてみたい。とても面白い試合になりますし、どちらが勝つか分からないぐらい、接戦になるでしょう。山口さんは『まだまだ』と言いますが(苦笑)。
 私から見ると、テンシンの試合は面白くないです。逃げている場面が多いんですよ(*ムエタイの観点だと那須川天心のステップワークは「逃げている」と見られるという)。ムエタイはどんどん攻撃していかなければいけませんし、その点でエイサクの評価はタイでも高いです。テンシンも、もっとタイで試合をして経験を積めばムエタイでも力を出せるようになるでしょうけど」

山口代表「ウーさんは自分の教え子が可愛いから『今すぐ勝てる』と言うんですよ(苦笑)。トレーナーはそういうもので、それにストップを掛けるのが会長の役目ですからね。でも、瑛作が今、どんどん伸びているのは確かなので、いずれ最強の天心君に挑戦したいですね」

 「REBELS次期エース」潘隆成(ぱん・りゅんそん)は「もう少し」という。

「パン君は気持ちの部分がまだ良くないですね。先輩に遠慮してしまうところがあって、私とミット打ちをしてる時ぐらいの強い気持ちで試合が出来れば、もっと強さを出せるはず。でもまだ相手に気をつかってしまうところがあるので、そこを直していきたいです」
――この階級屈指の実力者、健太に勝てますか?
「うーん…、五分五分ではないですか? 勝てると思いますし、もちろん私も勝たせたいと思っています。右のキックを1試合で30回か40回出せれば勝てるはずなんです」
――最近、潘選手が試合でローばかり蹴るのはなぜですか?
「ワカラナイ(苦笑)。1ラウンド中に1回か2回しかミドルを蹴らないので『なんでパン君? もっとミドルを蹴って!』と話しています。健太は全然怖くないですよ。パン君が右のキックをたくさん蹴れば、必ず勝てます」

 誰からも好かれるパン君が、リング上だけは思いっきり「我」を通して、自分のやりたいことをやりたいようにやれば、すでに備えている「強さ、凄み」が観客にも伝わる選手になると思うが……。
 REBELSの「エース襲名」に期待したいところ。

 REBELS主催者で、クロスポイント吉祥寺の山口代表については「感謝しています」と。
「(関係は)とても上手くいっていると思います。私がミットを持って教えている時は、まったく口を出さずに任せてくれます。会長が信じてくれないと、トレーナーは良い仕事がなかなか出来ないです。山口さんは、私を信頼してくれて、立ててくださるので、とても仕事がしやすいです」

山口代表「ウーさんはとにかく真面目です。選手が『朝練をしたい』といえば、朝8時半にジムに来てずっと練習に付き合ってくれますよ。時間に正確な『真面目な田舎のおじさん』です(笑)。
 ウーさんのミットは、しっかりと体で受けるんです。手を抜いて、衝撃を流すことをしないので、選手にとってはいい練習になりますけど、来年2月で50歳のウーさんには体の負担がかなり大きいです。それが心配で『タイに帰って、クロスポントのタイ支部を作らない?』って言ってるんですけどね(笑)」

 10月にはウーさんの息子さんが来日。奥さんも日本のタイ料理屋で働いており、大学生の娘さん以外、一家での日本暮らしが始まる。
「山口さんがビザを用意してくれて、10月に来日します。息子は19歳で、ルンピニーで試合をしていたこともありますが、今はムエタイはしていません。ですが、日本では試合をさせたいですし、ジムでは自分のアシスタントもやらせます。
 私は格闘技が大好きなので、ずっと格闘技にたずさわりたい。将来はタイの田舎に帰ると思いますが、私の跡を息子が継いでくれたらいいな、と思っています」

 最後に、ウーさんに現在の夢を聞いた。

「ここにいる生徒たちに、私の持っている技術を出来る限り教えて、全員が上手くなってくれたら私も嬉しいですし、誇りに思いますね。
 日本には? あと2年ぐらいかな。私はずっといたいと思っていますけど、山口さん次第です」

 最近は、ターちゃん(パヤックレック)がタイからクロスポントに復帰し、日菜太や潘ら重量級選手はターちゃん、小笠原瑛作らはウーさんがミットを持っている。
 日菜太、瑛作、潘が全員勝利するか、それともやられてしまうのか。3選手の戦いぶりと共に、コーナーにいるセコンド、ウーさんにも注目だ。

緑川創(藤本ジム・新日本キックボクシング協会)インタビュー

インタビュー

公開日:2018/9/21

聞き手・撮影 茂田浩司

「意味のある試合だから『ヒジなしルール』を受けた。
日菜太君との試合は最高のモチベーションで、しっかりと僕の強さを見せます」

 10月8日(月・祝)、東京・後楽園ホールで開催される「REBELS.58」。メインイベントを飾るのは「70㎏日本最強決定戦」日菜太(クロスポイント吉祥寺)vs緑川創(藤本ジム)である。
 REBELSの山口元気代表と、新日本キックボクシング協会の伊原信一代表が「ファンが見たいカードを実現させて、選手をもっと輝かせるために」とスタートした団体交流戦の第一弾。反響も大きく、前売りチケットは早くも完売。急遽、立見席の発売が決定したがこれも完売は時間の問題だ。
 老舗・新日本キックを代表してREBELSに乗り込むだけに、緑川も相当なプレッシャーを背負うことになるが……。取材場所の藤本ジムにはリラックスした笑顔の緑川がいた。






「目黒スタイルの最高傑作」石井宏樹氏と「目黒の破壊王」松本哉朗氏にボコボコにされて、
緑川は「グリーンモンスター」になった。



 日菜太と緑川は、同じ1986年生まれの同学年で、プロデビューも同じ2005年6月(日菜太はRISE、緑川は新日本キック)。
 ただ、プロで歩んだ道のりは対照的。日菜太はデビュー4年目でK-1MAX出場を果たし、以降は国内外のビッグイベントで活躍してきた。一方、緑川は日菜太のK-1MAXデビューと同時期に新日本キック・日本ウェルター級王座を獲得。2013年まで4度の防衛に成功するなど協会内でコツコツと腕を磨いた。
 緑川は、ビッグイベントで活躍する日菜太を羨ましいと思ったことはない、という。

「藤本ジムの先輩、石井宏樹さんが初めてムエタイ王座に挑戦した試合(2005年8月、対ジャルンチャイ。判定負けでラジャ王座奪取ならず)を見てから、僕はずっと『タイのベルトが獲りたい』と思ってヒジありの世界でやってきましたから、K-1に出てる日菜太君を見て『羨ましい』と思ったことはないですね」

 特に影響を受けた藤本ジムの先輩として、緑川は二人の名前を挙げた。
 一人は「ムエタイ王座」を最大の目標とするきっかけを作った石井宏樹氏。もう一人は松本哉朗氏である。
 石井氏は2011年に史上5人目の外国人ムエタイ王者となり、翌年に外国人王者として史上初の王座防衛に成功した「目黒スタイルの最高傑作」(2014年引退)。「目黒の破壊王」松本氏は超攻撃的スタイルでミドル級、ヘビー級の2階級制覇を果たした(2015年引退)。
 石井氏の抜群のスピードとテクニック、松本氏の怒涛の攻撃力をスパーリングで体感しながら、緑川は実力を付けていった。

「石井さんにはずっとスパーリングパートナーをやらせて貰って、色々と教わりました。松本さんは、年齢は一回り違いますけど中学が同じで、とても可愛がって貰った、というか、手加減なしでボコボコにされました(苦笑)。
 ローを効かされまくって、帰る時はいつも足を引きずってましたし、左の側頭部が腫れ上がった時もありました。正面から見ると、明らかに左側だけボコっと出てるんですよ。松本さんには『お前だけは倒れなかったな』って褒められましたけど(苦笑)。松本さんがヘビー級に上げてからはさすがに『勘弁してください』ってスパーは断って、マスしかしなかったです」

 石井氏と松本氏に鍛えられて、緑川は入門半年後にプロデビューを果たす。

「僕はアマチュア経験がないんです。入門して半年後にアマチュアに出る予定だったのが、プロの大会に出場予定の選手が松本さんに眼窩底を折られて出られなくなって『緑川、出ろ!』と(苦笑)。それでプロデビュー戦で勝ったら、飛行機代を渡されて『タイに行って練習してこい』ってゲオサムリットジムで4週間練習しました。キックを始めてからの1年間は色々ありすぎましたけど『やるからにはトップを獲る』って覚悟は決まりましたね」

 ムエタイ王座だけを見て「ヒジありルール」にこだわってきた緑川だが、過去に1度、ヒジなしルールの試合を経験している。
 2014年のアンディ・サワーとの試合だ。緑川は強打で鳴らすサワー相手に一歩も退かずに打ち合い、判定勝利を収めた。
 この時、ヒジなしルールを呑んだのは理由があった。

「K-1がテレビで放送してる時は、友達や知り合いによく『K-1の○○は強いの?』と聞かれたんです(苦笑)。そういう時はメディアに名前が出ていない悔しさがありましたね。
 それでサワー戦のオファーがあった時は『ヒジなしルールでもやってやろう!』と思いました。試合に勝って、僕のことを知らない人にも『K-1に出てる選手全員がレベルが高いわけじゃないよ』って分かって貰えたかな、と」






日菜太戦はキック人生2度目のヒジなしルール。
「よく『ヒジなしルールの方が向いてる』と言われるので、自分でも楽しみです」



 サワー戦の後、緑川はスーパーウェルター級(70キロ)に階級を上げた。

「減量が辛くて、ウェルター級は限界だったんです。お腹は割れてないですけど(笑)、普段からメッチャ食うし、メッチャ飲むし、骨太なので全然体重が落ちないんです。
 それで、サワーにも勝ったので『もういいだろう』と思って、藤本会長に『ウェルター級王座を返上させてください』と言って、協会のベルトを返上して階級をスーパーウェルター級に上げました。
 ウェルター級の頃はマッチメイクに恵まれなくて、正直モチベーションが上がらない時期もありました。でも、先輩たちが同じような経験をしてるのも見てきてますし、我慢するしかない、と。だけど、階級を上げたら戦う場が広がったんです。KNOCK OUTに出たり、ラジャダムナンスタジアムでタイトルマッチも出来ました。結果は出せなかったですけど……」

 今年6月27日、緑川はタイ・バンコクのラジャダムナンスタジアムで同スタジアム認定スーパーウェルター級王座決定戦に臨んだ。対戦相手のシップムーン・シットシェフブンタム(タイ)は過去に日本で対戦し、この時はドロー。緑川の王座奪取が期待されたが、1ラウンドに左ストレートでまさかのダウンを奪われ、終盤追い上げたものの判定負けで王座奪取ならず。プロ63戦目でようやく辿りついたビッグチャンスだっただけに、緑川は落胆し、そして不安に襲われた。

「僕にとって大きな分岐点でした。試合の後は『もう1回挑戦したらベルトを獲れるのか?』『このままキックを続けていけるのか?』と不安になりました。でも、最終的に『もっとやればよかった』と後悔したくないと思って、現役を続けて、もう一度、タイのベルトを目指すことにしたんです」

 そんな時に届いた「10・8REBELS.58、ヒジなしルールでの日菜太戦」のオファー。緑川は迷いなく受けた。

「ずっとヒジありルールにこだわってきたので『ヒジなしルールは意味のある試合しかしない』と決めています。サワー戦がそうでしたし、日菜太君との試合のオファーを聞いた時に『とても意味のある試合だ』と思って、即決でした。
 僕は『強い相手に勝って、ムエタイのベルトを巻きたい』と思っています。シップムーンも弱い選手じゃないですし、ああいう強い相手に勝ってちゃんとベルトを巻きたいです。
 そのためには『緑川、強いな!』とみんなに思って貰わないといけないんです。お客さんやスポンサーさんに『緑川は次にやれば、ムエタイのベルトが獲れるんじゃないか』と思って貰うことが大事。そのためには、強い相手にしっかりと勝って、自分の強さをアピールしたい。『日菜太戦』は僕にとってチャンスです。
 今、70キロの日本人選手が本当にいないんです。ヒジありで8人トーナメントをやろうとしても8人も集まらないと思うんです。だからこそ、今回の日菜太君との試合のような、注目されるワンマッチは大事にしたいです」

 かといって、過剰なプレッシャーはない。「楽しみです」と緑川は笑う。

「ずっとボクシングジムに通って、ボクシングトレーナーと練習しているんですけど、いろんな人に『ボクシングに転向しろ』と言われてきました。それはそれで嬉しかったですし(笑)自信にもなりました。ただ、やっぱり競技が違いますし『まだキックでトップも取れてない』という思いがあって、ボクシングに転向しようと考えたことはないです。
 タイのように、一人の選手がムエタイをやったりボクシングの試合をしたり出来る環境で『ボクシングルールの試合』が出来るなら正直、やってみたいって思います。でも日本だと(ボクシングと)厳しく分かれてるので難しいですからね。
 あと、これもよく言われてきたのが『ヒジなしルールの方が合ってるんじゃないか』と(苦笑)。だから、今回の試合は本当に楽しみですし、プレッシャーよりも期待感が強いです。
 でも、今年に入ってヒジの調子がいいんですよねー(笑)。シップムーンにはダウンさせられましたけど、僕がヒジで2か所切って、試合後に15針縫ってましたから(笑)。今度の試合でも『ヒジを打っちゃったらどうしようかな?』とは思いますね」

 今、緑川は「とても調子がいいです」という。その理由を聞いて驚いた。プロ選手なら誰もが取り組む「フィジカルトレーニング」に、緑川は昨年からようやく取り組んでいるのだという。

「ずっと『やった方がいい』と言われていたんですけど、筋トレが大嫌いなんです(苦笑)。
 変な意地もあって、野球をやってる時(成立学園野球部出身)からずっと自重トレーニングだけでしたし、松本(哉朗)さんも全く筋トレしていなかったんですよ。今は筋トレマニアになって『現役の頃もやっとけばよかった』って言ってました(笑)。
 昨年、宮越(宗一郎)戦に負けて『動きが悪すぎる』と指摘されて、フィジカルトレーニングを始めたんです。それまで『動きが悪くなるのも年齢的に仕方ないかな』と思ってたんですけど、フィジカルをやり始めたら『全然違う』と実感してます。動きが前よりも良くなりましたし、パワーも上がったと思います」

 日菜太戦には最高のモチベーションで臨む。

「REBELSさんのポスターを見たら、2人がメインで『ヒジなしの日菜太と、ヒジありの緑川のトップ対決』という煽り方をして貰ってるじゃないですか。モチベーションが一気に上がりましたよ(笑)。
 試合は、実際にやってみないと分からないです。日菜太君とはパンチのスパーしかやってないので、これが蹴りありになると、日菜太君も戦い方が変わるだろうし、僕も変わります。全然噛み合わないかもしれないです。
 だけど、お互いに意地があるし、日本人同士だから負けられないですし。二人ともいろんなものを背負ってるので、プライドとプライドがぶつかる試合になるでしょうね。
 日菜太君との身長差はまったく気にしないですし、僕は試合で相手の身長を気にしたことがないんです。いつも相手の方が大きいですし、松本さんとずっとスパーリングしてきたおかげで、試合の時に『相手が大きいな』と感じたことが一度もないんですよ(笑)。
 アウェーのREBELSさんに乗り込んでいくのも好きですね。敵地に乗り込んで、ガンガン食いちぎってやろうか、と。
 REBELSのお客さんは、僕の試合をちゃんと見たことのない人が多いと思うんで『グリーンモンスター』がどれぐらいモンスターなのか(笑)。試合でしっかりと見せますので、ぜひ楽しみにしてください」

プロフィール
緑川創(みどりかわ・つくる)
所  属:新日本キックボクシング協会、藤本ジム
生年月日:1986年12月13日生まれ、31歳
出  身:東京都大田区
身  長:171cm
戦  績:63戦43勝(22KO)11敗7分2無効試合
新日本キック第8代日本ウェルター級王者
元ラジャダムナンスタジアム認定スーパーウェルター級6位

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